LaTeX の日本語での組版について


https://github.com/texjporg/babel-japanese

上のページに「japanese.pdf」という文書があります。これは外国人向けに、LaTeX での日本語の組版について説明した文書です。具体的には、

  • 改行のルール
  • 文字間のスペースの取り方
  • 文字(フォント)の種類の扱い

などでの、英語(西欧の言語)と日本語での組版の違いが解説されています。元々は外国人向けですが、日本語の組版のことをよく知らない日本人にも参考になります。

まあ、日本語に対応したクラスファイルを使えば、細かい部分は意識しなくても済んでしまうのですが、LaTeX をもう20年以上利用しているのに日本語向けのクラスファイルがどのような処理をしてくれているのか全然知りませんでした。

また、最近は LaTeX で日本語を扱う場合、昔ながらの pLaTeX に加えて、

  • upLaTeX
  • LuaLaTeX
  • XeLaTeX

の3つの選択肢がありますが、どの TeX エンジンをどんな設定で使えばよいのかということも説明されているので、それも参考になります。

私にも参考になりました。私はこれからは基本的には「LuaLaTeX + jlreq クラス」を使おうかなと思います。

Qiita に記事を投稿


自分のホームページ内に、BibTeX の使い方を説明するページ(「経済学におけるBibTeXの利用」)があったのですが、最初に書いてから15年(?)くらい経過してることもあり、内容がかなり古くなっていました。例えば、

  • BibTeX のデータベース(bib ファイル)を作成するには Emacs を使うといいというようなことを書いていましたが、今どき bib ファイルを自分で書く人は少ないと思います。
  • natbib.sty を自分でインストールする場合のことも書いていましたが、現在では natbib.sty は標準のパッケージになっていて、自分でインストール必要はないです。

とうように、今となっては不必要な情報がかなり含まれていました。

そこで大幅に内容を書き換えて、さらに自分のホームページではなく、Qiita にアップロードしました。

Qiita は主にプログラミングに関する様々な情報、ノウハウなどを投稿するサイトです。

Qiita は markdown によって記事を書けます。今回、markdown で書いたのですがすごく楽でした。markdown で書けるのは便利ですね。

区別しにくい文字


環境経済学の授業での小テストに「プルトニウム」を正解とする問題を出しました。

すると、ある学生が「プルトニウム」と解答したのに、不正解に採点されていると言って きました。

小テストはMoodleで受けさせていて、解答はMoodle上で記入します(あらかじめ正解を登録しておき、採点は自動でおこなわれます)。記入された解答を見ると確かに「プルト二ウム」と記入されています。以下の画像のようにです。

「あれ、なぜ不正解になるのだろう?」と自分でも不思議に思ったのですが、よくわかりません。それで正解になっている解答と不正解になっている解答を比較してみました。

上が正解と判定されている解答、下が不正解になった解答です。比べてもやはり同じに見えます...




変だなあといろいろ考えてやっと違いがわかりました。上の画像はMSゴシックフォントですが、これを游明朝に変えたのが下の画像です。

これなら違いがはっきりわかります。下の方ではカタカナの「ニ」ではなく、漢数字の「二」が使われています。 ゴシックフォントの場合、二つを区別することは非常に難しいです。Moodleで記入するときにはおそらくゴシックフォントで書くので、それで間違えて漢数字を書いたのだと思います。

日本人でも区別が難しいですが、質問してきた学生は中国人であるので、余計に区別することが難しかったのかもしれません。そもそも普通に「ぷるとにうむ」と打って変換すれば、漢数字の二が使われるわけないと思うのですが、中国人なので普通の日本語のIMEとは違うものを使っているのかもしれません。

経済学部の大学院進学率


朝日新聞出版社が毎年出している「大学ランキング」という本があります。

様々な観点での日本の大学の順位を掲載した本です。例えば、

  • 就職率
  • 公務員就職者数
  • 入試志願者数
  • 科研費の配分金額
  • 出身者の国会議員数

など多様な観点からのランキングがのっています。

そのランキングの一つに「大学院進学率」という数字があります。これは卒業者の中で大学院に進学した割合を示す数値です。

大学院への進学は理系では多く、文系では少ないという傾向があります。これは理系ですと大学院の学位(修士号)が就職にプラスになることが多いのに対し、文系ではプラスにならないことが多いためだと思います(もちろん、分野や個人によって差はありますが)。

それもあり、この数値については学部別にランキングが分けられています。例えば、2019年版では「工学部」での大学院進学率ランキングは以下のような値になっています。

工学部のランキング

順位 大学名 進学率(%)
1 京都大学(工) 87.5
2 東北大学(工) 87.1
3 長岡技術科学大学(工) 86.3
4 名古屋大学(工) 85.8
5 大阪大学(工) 84.5


基本的には偏差値の高い国立大学が大学院進学率が高くなるという結果になっています。これは偏差値の高い大学ほど、より高度な内容の勉強をしたい(そして、場合によっては研究者になりたい)学生が多いということを反映しているのだと思います。

以上の傾向は、「理学部」や「農、生物系学部」でも変わりません。

理学部のランキング

順位 大学名 進学率(%)
1 東京大学(理) 85.7
2 東北大学(理) 82.6
2 北海道大学(理) 82.6
4 京都大学(理) 80.3
5 大阪大学(理) 77.7


農、生物系学部のランキング

順位 大学名 進学率(%)
1 京都大学(農) 76.8
1 東北大学(農) 76.8
3 神戸大学(農) 76.2
4 名古屋大学(農) 75.8
5 北海道大学(農) 74.3


一方、上で書いたように、文系になると進学率は大幅に下がります。例えば、法学部のランキングは以下のようになります。ただ、進学率は低くなりますが、進学率が高いのは偏差値が高い大学という点は理系と同じです。

法学部のランキング

順位 大学名 進学率(%)
1 京都大学(法) 24.3
1 一橋大学(法) 22.7
3 東京大学(法) 20.3
4 大阪大学(法) 18.3
5 北海道大学(法) 17.4


文学部・外国語学部も同様の傾向にあります。

文、外国語学部のランキング

順位 大学名 進学率(%)
1 東京大学(文) 23.3
2 京都大学(文) 22.4
3 お茶の水女子大学(文教育) 21.7
4 広島大学(文) 17.8
5 相愛大学(人文) 16.7


なぜこんな話をしているかというと、経済学部(経済系学部)の進学率だけ他とかなり違うからです。以下が「経済、経営、商学部」などの経済系学部でのランキングです。

経済、経営、商学部のランキング

順位 大学名 進学率(%)
1 岡山商科大学(経済) 35.5
2 城西国際大学(経営情報) 8.4
2 福山大学(経済) 8.4
4 大阪大学(経済) 8.0
5 一橋大学(商) 7.4


他の学部では、進学率トップなのは東大、京大のような偏差値もトップの大学です。しかし、経済学部については、トップなのは岡山商科大学という大学で、しかも、ここだけ35.5%という飛び抜けて高い数値で1位になっています。

(岡山県人を除いて)多くの人は岡山商科大学という大学を知らないと思います。案外偏差値が高い大学なのかと思われるかもしれませんが、そんなことはないです。今、ネットで調べたら37.5でしたので、偏差値という基準ではかなり下の方の大学ということになります。

また大学院へ進学していると言っても、レベルの低い大学院に進学しているのではないかと疑う人がいるかもしれませんが、進学先の大学院は経済系では評価が高い大阪大学、神戸大学、京都大学などの有名な大学の大学院だそうです(ホームページを見れば具体的な進学先の大学が掲載されています)。

しかも、これは2019年度1年だけの話ではなく、ここ数年ずっと経済学系では日本で一番進学率が高い状態が続いているようです。

東大、阪大、一橋など、経済系ではトップクラスの大学でさえ、せいぜい7、8%しか大学院進学率がいかないのに、なぜそんな偏差値の低い岡山商科大学の経済学部がこれほど高い進学率になっているのでしょうか?(2位、3位の城西国際大学、福山大学も偏差値が低いのですが、ここではそれはちょっと置いておきます)

私もはっきりとはわかりませんが、岡山商科大学の経済学部には留学生(特に中国人)が編入学で入学し、その留学生達が有名大学の大学院に進学しているようです。

大学院に行きたいのなら最初から有名な、レベルの高い大学に入るのが普通のように思えますが、有名大学に直接入るのは難しいのだと思います。それで、岡山商科大学に入って大学院を目指すという少し変則的なルートが人気があるようです。

実際、岡山商科大学は大学院進学(大学院入試)のためのサポートが充実しているらしく、上述のように、多くの学生が有名大学の大学院に入学しています。そのような実績があるので、(有名大学には直接は入れないが)大学院に行きたい留学生に人気があるのだと思います。

岡山商科大学の経済学部の進学率が高いと何か問題があるというわけではないのですし、むしろ大学院進学率が高いのはそのためのちゃんとした教育を提供しているという意味でいいことだと思います。ただ、日本人にはあまり人気がない(その結果、偏差値は非常に低い)一方で、留学生(特に中国人)には人気があり、大学院進学率だけ飛びぬけて高くなるというのは、ちょっとアンバランスというか、おかしいような気がします。実際、他の学部では見られないちょっと珍しい傾向ですよね。

前に「ERE(経済学検定試験)」という記事で、日本の経済学検定で上位の成績をとっているのが中国人だらけという話をしたのですが、今回も中国人が関係しています。中国人の留学生は日本人と比べて、大学院に入るということに貪欲のようです。

ちなみに私がいる京都産業大学の経済学部ですが、「公表されている情報」によると、2019年度の卒業者は542人で、そのうち大学院進学者は7人だそうです。ですので、2019年度の大学院進学率は約1.3%です。ほとんどの学生は就職しますからこんなものだと思います。

自作パソコン


2003年に大学に就職してからメインのパソコンには自作のデスクトップを使うようになりました。

「自作パソコン」(自作パソコン – Wikipedia)とは、パソコンのパーツをバラで買い、自分で組み立てる形のパソコンのことです。パーツとは具体的には、CPU、マザーボード、ビデオカード(グラフィックカード)、メモリ、電源ユニット、ケース、そしていろんな記憶媒体(SSD、HDD、光学ドライブなど)、後は細かいもの(クーラー、ファン、拡張カードなど)です。

既製品ではなく、自作パソコンにしたのは主にお金を節約したかったからです。最初に就職した大学では、パソコンを大学が支給してくれる制度があったので、学内の研究費を使って自分自身でパソコンを購入することはできませんでした。しかし、支給してくれるパソコンはスペックが非常に低いので自分でパソコンを購入する必要がありました。その頃は、既製品と同じスペックのパソコンを自作すると費用をそれなりに節約できました。それで自作パソコンにしました(科研費などの外部の研究費があればそれを使えばよいだけですが、その頃は何ももらっていなかったので)。

それ以来、ずっと自作パソコンを使うようになり、今でも職場でも家でも自作パソコンを使っています。「自作パソコン」というと、知らない人は「パソコンを自分で作るなんてすごいですね」と言いますが、単に部品を買ってきて組み立てているだけです。

先程、自作パソコンは費用を節約できると書きましたが、それは今ではあてはまらないと思います。今では(大量生産している)既製品の方が安いことも多いですし、仮に自作の方が直接の費用は安いとしてもいろんな手間やメンテナンスまで考えると割高だと言ってもいいと思います。特に、自作ですと上手く動かなかったときにどこに原因があるのか、どの部品が悪いのかを自分で探さなければいけないです。これも慣れてくればそれほど難しくはないですが、最初は難しいですし、面倒です。

ちょうど先日、新しいパソコンを一つ組み立てたのですが、いきなり電源ユニット側のケーブルのピン数とマザーボード側のピン数が合わなくて困りました。これはすぐなんとかなり、一応、パソコンが起動したのですが、今度はBIOS(最初に起ち上がる、文字が表示されるところ)から先に進まなくなりました。これはネットを検索したら対処方法がわかりました。こんな調子で、いろいろ問題が起こる度に自分でなんとかしないといけないです。

金銭面でのメリットが小さくなった結果、自作パソコンのメリットも小さくなってきています。実際、パソコンを自作する人は減っていて、その結果、昔はたくさんあったパソコンの部品を扱うお店も減ってしまいました。

このように金銭的な面でのメリットが非常に小さくなっている(もしくは、ない)にもかかわらず、まだ私が自作パソコンを使っている理由は

  • パーツを自由に組み合わせられる
  • 部品を使いまわせる

ということです。

既製品はパーツの組み合わせを選べませんし、BTOでもその選択肢は限定されています。それに対し、自作であれば本当に自由に部品を選べ組み合わせられます。それに慣れてしまうと、自分で選べないというのは少し不自由に感じます。

また、部品を選べるということに加えて、同じ部品をずっと使いまわせるという点も大きいです。CPU、マザーボード、メモリ、ビデオカードなどは基本的に新しいものが性能もいいので、新しいものを買って使いますが、ハードディスク、光学ドライブ、ケースなどは古くても問題ないものが多いので使い回します。特にパソコンのケースは10年以上前のものでも特に問題ないですから昔買ったものをずっと使い回しています。

注: 最近では、パソコンのケースというと、ノートパソコンを入れるバッグや袋のことを思い浮べる人が結構多いと思いますが、ここで言っているのはパソコンの本体が入っている箱のことです。「パソコン本体の箱ってなに?」という人も多いかもしれませんが...

私はアルミ製でシルバー(銀色)のケースがすごく好きで、仕事で使っているのも、家で使っているのも全てシルバーのアルミのケースです。

単に昔のものを使えるから使い回すという以外に、私が好きなケースが最近入手しにくくなっていることもあります。それは、最近、パソコンのケースは黒系統の色ばかりになってしまって、フルアルミのシルバーのケースが少なくなってしまったからです。

【価格.com】PCケース | 通販・価格比較・製品情報

上のページを見ると最近の売れ筋のケースがわかりますが、売れ行きの上位のケースはほとんどが黒です。ただでさえフルアルミのケースは昔から少なかったのですが、色がシルバーとなると本当に選択肢が少なくなってしまいました。

そういうわけで新しく買うということもしにくいため、古いものを使い回すことが多くなっています(それか、中古品を買います)。

ケースは古いものでも新しいものとあまり変わらない書きましたが、細かいことを言うと、ケースも新製品はいろいろ進化していて、新しいケースでは

  • 電源ユニットを下部に設置するタイプが多い(古いもののは基本的に上に設置するタイプ)
  • USB3.0のコネクタも対応(古いのはUSB2.0だけ)

など、使い勝手が改善しています。

また、それの方が人気があるからなのかもしれませんが、新しいケースは小型のタイプが多くなってきて、大きいタイプが比較的少ないです。置いておくには小型の方がいいですが、大きい方が使い勝手がいいので、私は大きめが好きです。

こんなわけで、新しいものがいいところもあるのですが、結局「アルミ+シルバー」がいいので古いものを使っています。

ちなみにMacは既製品しか販売していないですから、自作パソコンは作れないです。私がMacを使わない第一の理由はこれです(自作はできないノートパソコンについては、MacBook Airを1台利用していますが)。それとiMacのようにディスプレイ一体型は私はあまり好きではありません。ディスプレイはディスプレイアームにとりつけて位置を自由に変更できるようにして使いたいです。今は実際に自宅でも大学でも「デュアル・ディスプレイ+ディスプレイ・アーム」という組み合わせで使っています。

今は自作パソコンどころか、持ち運びもできてデスクトップよりスペースも取らないということでノートパソコンを利用する人が多いですよね。学生もほとんどがノートパソコンを利用しているようです。こんな時代ではミドルタワーのケースでさえも馬鹿でかいケースと言われると思いますが、私のメインのパソコンはフルタワーのケースを使っています。フルタワーは大きいですが、スペースに余裕があり、いろいろ入れられるので便利で気にいっています。

新しい書籍「Carbon Pricing in Japan」


私も二つの章を担当した「Carbon Pricing in Japan」という書籍が出版されました。

有村俊秀先生(早稲田大学)と松本茂先生(青山学院大学)のお二人が編集をされた本です。タイトル通り、日本における炭素税価格(温暖化対策)などについての研究をまとめたものです。

https://link.springer.com/book/10.1007/978-981-15-6964-7



私が担当したのは次の二つの章です。

10章: Takeda S. (2021) The Competitiveness Issue of the Japanese Economy Under Carbon Pricing: A Computable General Equilibrium Analysis of 2050. In: Arimura T.H., Matsumoto S. (eds) Carbon Pricing in Japan. Economics, Law, and Institutions in Asia Pacific. Springer, Singapore. https://doi.org/10.1007/978-981-15-6964-7_10
13章: Asakawa K., Kimoto K., Takeda S., Arimura T.H. (2021) Double Dividend of the Carbon Tax in Japan: Can We Increase Public Support for Carbon Pricing?. In: Arimura T.H., Matsumoto S. (eds) Carbon Pricing in Japan. Economics, Law, and Institutions in Asia Pacific. Springer, Singapore. https://doi.org/10.1007/978-981-15-6964-7_13

一応、もう出版されたはずなのですが、なぜか年が2021年(?)になっています。

あまりないことだと思うのですが、本自体がオープンアクセスになっていますので、どの章もPDFファイルを無料でダウンロードできます(もちろん紙の本を購入することも可能ですが)。

以下、二つの章の研究を簡単に紹介したいと思います。

第10章の内容

第10章は、動学的なCGEモデルによって、CO2の排出規制が日本の経済に与える影響について分析したものです。

モデルには15地域、11部門、グローバルモデル、2011年から2050年までをカバーする逐次動学モデルを用いています。データはGTAP。このモデルで、日本を含めた先進国は2050年までに80%削減するというシナリオを前提とし、さらにその上で、1)途上国の削減について複数のシナリオ、2)国境調整措置についての複数のシナリオを想定して分析をおこなっています。

1のようなシナリオを分析するのは、途上国における排出規制の程度が日本に対してどういう影響をもたらすかを分析するためです。また、2は国境調整措置の有無がどのような影響をもたらすかを分析するためです。

分析の主な結果は以下の通りです。

  • 途上国のCO2削減率の変化は日本にはあまり大きい影響を及ぼさない。
  • 国境調整措置の有無は日本全体には小さい影響しかもたらさないが、一部の部門には大きい影響を与える。

第13章の内容

第13章はCGE分析で得られたシミュレーション結果を元に、1) 家計への影響、2) 企業への影響を分析した研究です。CGE分析と別の分析を組み合わせるという少し珍しいアプローチをとっています。

CGE分析ではどうしても国全体、産業全体、家計全体といったレベルの分析しかできないので、個々の企業や家計への影響というのは分析しにくいです。そこで、CGE分析から導かれた結果を使って、さらに詳細な影響を分析するということを試みています。

ノーベル経済学賞の意義


今年のノーベル経済学賞はオークションの専門家のアメリカ人の二人が受賞しました。

よく言われることなのですが、ノーベル経済学賞はアメリカ人の受賞が圧倒的に多いです。Wikipedia を見てみてください。

ノーベル経済学賞 – Wikipedia

ただでさえアメリカ人が多いのに加え、仮に外国人だとしても、実際に住んで研究をしている場所はアメリカということが多いと思います。例えば、昨年2019年の受賞者の「デュフロ氏」はフランス人ですが、所属はMITで、研究も基本的にはアメリカでおこなっていると思います。2016年受賞の「ホルムストローム氏」もフィンランド人ですが、ずっとアメリカの大学所属です。

アメリカ人ばかり受賞するのは何かおかしいのではという意見もありますが、現在の経済学の状況をそのまま受け入れるとすると、ある意味当然の結果とも思います。やはりアメリカの研究機関が経済学の研究の水準はずばぬけて高いですから。今回のノーベル賞とは全く関係ないのですが、私の研究分野でも leading scholars の多くはアメリカの大学にいる人です。

ただ、それだけ経済学の研究が活発で、水準も高いアメリカで、深刻な経済問題や社会問題が生じていて、それをなかなか解決できないことはいつも不思議に思います。

深刻な経済問題、社会問題とは、例えば、

  • トップ数%が全体の資産の大半を所有しているなど、貧富の差が非常に大きいこと。
  • 満足な医療を受けられないような人々がたくさんいること。
  • 借金まみれの人が多いこと。
  • 薬物が蔓延していること。
  • 略奪が頻繁にあること。

などです。

経済学の研究がずば抜けて進んでいる国にもかかわらず、こんな問題をいつまでも解決できない(むしろ、深刻化している?)のってなんででしょう?私自身経済学者ですが、これでは、経済学の研究が進んでいることの意義はなんなのかと疑問に思ってしまいます...

生涯効用の計算(つづき)


前の記事「生涯効用の計算」で書いたように、林貴志先生の『ミクロ経済学(増補版)』(以下、林テキスト)で、生涯効用や期待効用についての、序数性、基数性の問題が扱われています。効用の序数性、基数性についてこの教科書ほど深く扱っているものはないと思うので、今回、この本の考え方について書きたいと思います。

前回の繰り返しですが、生涯効用 u は、瞬時的効用 $v_t$ の加重和として以下のように計算されます。

\[ A式: \hspace{1em} u = \sum_{t=0}^{\infty} \alpha_t v_t \]

私自身は、前回書いたように、生涯効用を計算するときの瞬時的効用($v_t$)が基数的な意味を持っていて、それの加重和として生涯効用 $u$ が計算されるのに、生涯効用が序数的な意味しか持たないというのはちょっとおかしいのではと思っています。

これに対して、林テキストでは次のように説明しています。まず、p.49で

効用表現はあくまで選好順序の表現としてのみ意味を持つのであって、なんら量的な意味は持たない.これを効用表現の序数性という.

と効用は序数的なものと説明してます。そして、p.131 で生涯効用を

\[ u(x) = f(v(x_1) + \beta v(x_2)) \]

のように表現したうえで($\beta$ は割引因子)、p.132 で以下のような説明をしています。

vが基数的であっても、uはいくらでも頭に単調変換fをかませられるから序数的なのである。関数vを「期間効用関数」あるいは単に「効用関数」と呼んでいる教科書が多いが、上記の違いゆえに、vを「効用」と呼ぶのは誤解を招く。だから本書では期間間代替関数という珍妙なネーミングを使わせてもらう.

以上の説明を簡単にまとめると、

  • 「効用」というものは序数的な意味しか持たないもの。
  • v(x) は基数的な性質を持つ。
  • 効用は序数的なものなのだから、基数的な意味を持つ v(x) はそもそも「効用」ではなく、よって「効用」と呼ぶのは適切ではない。
  • 代わりに「期間間代替関数」と呼ぶ。

となります。まず前提として「効用 = 序数的なもの」とする。だから「基数的なものは効用ではない」。そして、v(x) は基数的な性質を持つものであるから効用ではないと説明しています(そして、効用ではないものを効用と呼ぶのは不適なので他の呼び方をすると)。

確かに、「効用は序数的なもの」という考え方を採用し、それと整合性を保つように考えるのなら「v は効用ではない」ということなってもおかしくはないというか、むしろそう考えるのが自然かもしれません。その意味で、林先生の考え方は首尾一貫した、整合性のあるものだと思います。

ただ、説明で一箇所おかしいというか、不正確かなと思うところがあります。説明では『関数 v を「期間効用関数」あるいは単に「効用関数」と呼んでいる教科書が多い』と書かかれています。これはちょっと実情と違うのではないかと思います。というのは、実際には「多い」どころか、「ほとんど全ての教科書」だと思うからです。

例えば、世界中でよく使われていると思われる以下の教科書では v を「効用(関数)」と呼んでいます。

  • David Romer の Advanced Macroeconomics ⇒ Instantaneous utility function
  • Blanchard and Fischer の Lectures on Macroeconomics ⇒ Instantaneous utility function
  • George McCandless の The ABCs of RBCs: An Introduction to Dynamic Macroeconomic Models ⇒ Subutility function
  • Maurice Obstfeld and Kenneth Rogoff の Foundations of International Macroeconomics ⇒ Period utility function

前回挙げた Barro and Sala-i-Martin のように効用関数ではなく「felicity function」と呼ぶ教科書もかなりあります。ただ、その場合には felicity function を各時点での「効用水準」を表す関数と説明しているものがほとんどだと思います。

正確なデータを持っているわけではないのであくまで私の推測にすぎませんが(そもそも経済学の教科書・文献で v を何て呼んでいるかを包括的に調べている人なんていないと思いますが)、これらの世界中で標準的に利用されている教科書で「効用」と書いているのですから、世界中のほとんどの人が v を効用と呼んでいるのが現状ではないでしょうか。実際、私は「v は基数的なので、効用と呼ぶのは不適切。だから、別の名前で呼ぶ」という教科書(あるいは人)をこの林テキスト以外に見たことがないです。

ですので、実際には「関数 v を効用関数と呼んでいる教科書が多い」ではなく、「関数 v を効用関数と呼んでいる教科書がほとんど」だと思います。私の印象では 99.9% くらいいくんじゃないかと思います。

ただ、それが正しいか正しくないかはまた違う話で、多数がそう呼んでいるからといって、それが正しいわけではないと思います。上で書いたように、理論的な整合性を重視する(効用はあくまで序数的な意味しかもたないということを貫く)のでしたら、v を効用と呼ばないことがむしろ当然の帰結かもしれません。

現実にはそこまで理論的な整合性にこだわる人はほとんどいなくて、大多数の人は場当たり的に適当な使い方をしているということだと思います。経済学は理論にうるさい人が結構多いと思いますが、この点についてはかなり適当に考えている人が多いのではないでしょうか。

ただ、ほとんどの人が効用と呼んですませているものを、「効用と呼ぶのは不適切だから、別の呼び方をする」というのは、なんというかすごく理論的な整合性に対するこだわりが強いですね。ここまでこだわる人はあまりいないと思います。

私自身は、上で書いたように

  • 他の多くの人も v は効用と考えているんだから、v は基数的な意味を持つ効用と考えるのがいいのでは。
  • v が基数的なのだから、それの加重和である u (生涯効用)も基数的に考えていいのでは。

という考え方です。ただ、前回書いたように v(c) の特定化によっては u がマイナスの値になってしまって、序数的にしか考えられないケースがあるのですが。

理論的な整合性にもある程度はこだわらないといけないと思いますし、一応私も一般均衡モデルでシミュレーションをしている人間なので、経済学者の平均と比べると理論的な部分にこだわっていると言ってもいいと思いますが、同時に、私はその一般均衡モデルを使って日本の経済のシミューレション分析をするというような荒っぽいことをしているので、今さらそんな細かいことにこだわっても...とも思っています。日本経済の消費を一つの代表的家計の最適化行動によって表現するというようなかなり荒っぽい仮定で分析しているのに、今さら細かい理論的な整合性を考えてもなあ...ということです。

まあ、普通の人・普通の経済学者からすると「どっちでもいい」ことかもしれませんが。

基本的には林テキストの説明は(すごく独特な考え方だとは思いますが)納得できます。ただ一つ違和感があるところがあります。

v を効用と呼ばないのなら、そもそも「期待効用」という呼び方はおかしいんじゃないかということです。元々、「期待効用」は効用(v)の期待値をとったものだから期待効用と呼ばれるのではないでしょうか?だとすると、v が効用でなければ、効用ではない何か(○○)の期待値ということになるので、期待効用ではなく、別の呼び方、例えば「期待○○」になるのが自然だと思います。効用じゃないものの期待値を期待効用と呼ぶのっておかしいような気が...

生涯効用の計算


一個前の記事「負の値をとる変数の変化率(?)」で、負の値をとる変数の変化率の話を書きました。なぜそんなことを書いたのかというと、動学モデルで生涯効用の計算をする必要があったからです。

「生涯効用」

マクロ経済学などでは家計の動学的な最適化行動を想定することが多いです。家計が生涯効用(lifetime utility)を最大にするように消費(や貯蓄)を決定するという想定です。

その際に次のような生涯効用関数が使われます。

\[ A式:\hspace{1em} u = \sum_{t=0}^{\infty} \alpha_t v_t \]

ただし、$u$ は生涯効用、$v_t$ は t 時点における効用で、$\alpha_t$ は割引要因です。$\alpha_t$ は主観的割引率を $\beta$ とすると $\alpha_t = [1/(1+\beta)]^t$ となります。

つまり、生涯効用は各時点の効用の割引現在価値の総和として定義されます。

通常、一時点での効用は消費に依存すると仮定されるので、

\[ v_t = v(c_t) \]

のように表現できます。$c_t$ は t 時点における消費です。

注:ここでは効用が消費にのみ依存するという前提を置いていますが、余暇にも依存すると想定する場合もあります。マクロ経済学のDSGEモデルはそう仮定することが多いと思います。余暇も含めた考えても以下の議論は変わらないと思います。

一時点での効用を表わす関数 $v$ は "felicity function", "instantaneous utility function", "period utility function" などと呼ばれます。以下では「瞬時的効用関数(instantenous utility function)」と呼ぶことにします。

この瞬時的効用関数としては以下の関数が使われることが多いです。

\[ B式:\hspace{1em} v_t = f(c_t) = \frac{c_t^{1-\theta}}{1-\theta} \]

ただし、$\theta$ は異時点間の代替の弾力性の逆数を表すパラメータで、$\sigma$ を異時点間の代替の弾力性とすると、$\theta = 1/\sigma$ です。

このタイプは、例えば、著名な David Romer マクロ経済学の教科書『Advanced Macroeconomics』で利用されています。

Romer, D., 2012. Advanced macroeconomics. Fourth edition. New York: McGraw-Hill/Irwin.

これも著名な経済成長論の教科書である Barro and Salai-i-Martin 『Economic Growth』ではB式を少し変えた以下のようなタイプが使われています。

\[ f(c_t) = \frac{c_t^{1-\theta} – 1} {1 – \theta} \]
Barro, R.J. and Sala-i-Martin, X. (2004) Economic growth, Second Edition, MIT Press.

ただ、これは基本的には Romer の式と同じようなものなので、以下では Romer の方のB式を前提にして話を進めます(Barro and Sala-i-Martin の定式化では、$\theta \rightarrow 1$ とすると $f(c_t) \rightarrow \log(c_t) $ になります)。

B式のように特定化された場合、仮に $\sigma < 1$ とすると、$\theta > 1$ となります。ですので、必ず $v_t < 0$ となり、「$u < 0$」となります。つまり、異時点間の代替の弾力性が1より小さいときには、生涯効用は必ず負の値になります

$c_t$ の増加によって u は上昇しますから、単調増加の関係はあります。つまり、各期の消費が増加すれば生涯効用は上昇するという関係はあります。ただ、それが、例えば、「−10から−5に上昇する」というようにマイナスの範囲で上昇する関係になるということです。

今、無限期間ではなく、terminal period(T)を有限として「T = 200」とし、さらに、beta = 0.05、sigma = 0.5、$c_t$ = 100 for all t として u を求めると「u = -0.209988」となります。

beta と sigma は同じままで $c_t$ = 200 for all t とすると「u = -0.104994」となります。$c_t$ が多いほどu は上昇します。

以下の図は、beta = 0.05、sigma = 0.5とし、$c_t$ を「10 – 200」の間を動かしたときの u の値をプロットしたものです。




仮に生涯効用 u の大小関係しか関心がないのなら、これで何も問題がありません。大小関係を考えるときには負の値であっても全く問題ないからです。

しかし、u がどれくらい変化したかを考えたいときにはこれでは少し困ります。変化の大きさを測るのにできれば変化率を使いたいのですが、u の変化率が計算できないからです。

負の値をとる変数の変化率を計算できないのかということを考えたのは、上のように生涯効用の変化率を求めようとしたからでした。



「序数的効用」と「基数的効用」

ミクロ経済学の教科書によく出てくることですが、そもそも「効用」という指標については「序数的効用」「基数的効用」という二つの考え方があります。

  • 序数的効用(ordinal utility) → 効用は大小関係にのみ意味があるという考え方
  • 基数的効用(cardinal utility) → 効用の水準に意味があるという考え方。

さらに、基数的効用については ①「絶対的な水準に意味がある」という考え方と、②「絶対的な水準には意味がないが、比率には意味がある」という考え方の二つに分けられると思います。もう少し具体的に言うと

  • ① 効用 = 2 という数字。この 2 という数字に意味があるという考え方。この場合は効用水準の他人との比較も可能。
  • ② 絶対的な値には意味がないが、変化率は意味があるという考え方。この場合、効用が2倍になった、効用が 1/2 になったと言うことが可能。

さすがに前者の考え方を適切だと考える人はほとんどいないと思うので、以下では「基数的=②の考え方」という前提で話を進めます。

以上のように、「序数的」、「基数的」の二つの考え方があるのですが、そもそも序数的な考え方しか意味がないという人も多いと思います。例えば、ミクロ経済学の教科書として有名な、神取道宏先生の『ミクロ経済学の力』という教科書には次のような説明があります。

重要なのは効用の大小であり、効用の絶対的な大きさには意味がありません。

u(ウーロン茶) = 2,
u(ビール) = 1

であると経済学者がいうとき、これが意味するのは、ウーロン茶の満足度はビールの満足度の2倍であるということではなく、単にウーロン茶のほうがビールよりも好きだということなのです。別に

u(ウーロン茶) = 1000000000000,
u(ビール) = 1

としてもよいわけです。

「効用というものは大小関係しか意味がない」と書いていますので、序数的な考え方は意味があるが、基数的な考え方は意味がないと主張しています。このように考えている人は多いと思いますし、こう説明している教科書も多いと思います。しかし、基数的効用の考え方を利用する人も少なくはないと思います。

というのは、動学モデルで普通に使われている生涯効用の計算は基数的な効用を前提とするからです。

上で見たように、生涯効用は各時点の効用(瞬時的効用)の加重和です。「足す」という演算をしていることは、瞬時的効用は大小関係のみではなく、その水準に意味があるということになります。つまり、基数的な意味を持っているということです。

同じようなことは、不確実性を扱うモデルで出てくる「期待効用(expected utility)」 にも言えます。

\[ 期待効用 = \sum_{i} 状態 i の生じる確率 \times 状態 i での効用水準 \]

というように期待効用は各状態での効用を足すことで計算されます。これはやはり各状態の効用が基数的な意味を持つということを前提としています。そもそも期待効用は「効用の期待値をとったものだから期待効用」なのでしょうから、大小関係しか意味がないとすると期待値を計算することができなくなり、期待効用の考え方・名前自体が成り立たなくなると思います。

こう考えると、よく使われる A 式とB 式による生涯効用関数の特定化は少しおかしいような気します。

B式の瞬時的効用関数を仮定した場合、sigma < 1 なら、生涯効用は必ずマイナスになり変化率も計算できなくなります。つまり生涯効用の値は序数的な意味しかないものになってしまいます。しかし、基数的な意味を持つ効用(瞬時的効用)から計算した全体としての効用(生涯効用)が序数的な意味しかないというのは変じゃないでしょうか?元々、足すことができるという前提で考えている各期間の効用から計算する効用が大小関係しか意味がないというのはどこかしっくりきません。

いっそのこと生涯効用は

\[ u = \left[ \sum_{t=0}^{\infty} \alpha_t c^{1-\theta} \right]^{\frac{1}{1-\theta}} \]

のような CES 型にしたらどうかと思います。こうすれば生涯効用は($\sigma$がどんな値でも)常にプラスになりますし、変化率も計算できます。実際、このタイプの生涯効用関数は MIT の(forward-looking versionの)EPPA model で利用されています。

Babiker, M., A. Gurgel, S. Paltsev & J. Reilly (2008): A Forward Looking Version of the MIT Emissions Prediction and Policy Analysis (EPPA) Model. Joint Program Report Series Report 161, 18 pages (http://globalchange.mit.edu/publication/15538)

ただ、これはこれで解釈に少し困りますが。



基数的な効用というのは確かに理論的にも、現実的にもおかしい部分があるので、序数的な効用しか意味がないと考える人がいるのはわかります。ただ、一方で(瞬時的効用に)基数的な意味を与えながら、もう一方(生涯効用)では序数的な意味しか考えないというのはちょっとおかしい気がします。

そもそも「2倍になる」ということが意味を持つ「瞬時的効用」の加重和をとることで求めているのに、「生涯効用が2倍になるという表現はおかしい」というのはなんだかおかしいです。


長々と書いてきたのですが、この生涯効用、期待効用の計算における序数、基数の問題については、以下の教科書で詳しく扱われています。

林貴志(2013)『ミクロ経済学(増補版)』,ミネルヴァ書房.



ただ、著者の林先生は私とは全然違う考え方をしています。これについてはまた今度。

この続き→ 「生涯効用の計算(つづき)」

負の値をとる変数の変化率(?)


今まで変数の変化率は最初の値がゼロでなければいつでも定義(計算)できるとばかり思っていたのですが、馬鹿みたいに単純なことをよくわかっていないことに気がつきました。

何かというと負の値をとる変数の変化率をどう考えればいいかということです。

変化率は通常次の式で計算されます。

\[ A式: \ \ 変化率 = \frac{変化後の値 – 変化前の値}{変化前の値} \]

例えば、「変化前 = 10」、「変化後 = 12」なら

\[ 変化率 = \frac{12-10}{10} = \frac{2}{10} = 0.2 \]

となります。

しかし、「変化前 = −10」、「変化後 = −8」として、A式を使うと

\[ 変化率 = \frac{-8+10}{-10} = \frac{2}{-10} = -0.2 \]

となります。増加しているのに変化率はマイナスになるのでおかしいです。

なんだか馬鹿みたいに単純な話かもしれないのですが、そもそも負の値をとる変数の変化率は定義できないということなのでしょうか?