自作パソコン


2003年に大学に就職してからメインのパソコンには自作のデスクトップを使うようになりました。

「自作パソコン」(自作パソコン – Wikipedia)とは、パソコンのパーツをバラで買い、自分で組み立てる形のパソコンのことです。パーツとは具体的には、CPU、マザーボード、ビデオカード(グラフィックカード)、メモリ、電源ユニット、ケース、そしていろんな記憶媒体(SSD、HDD、光学ドライブなど)、後は細かいもの(クーラー、ファン、拡張カードなど)です。

既製品ではなく、自作パソコンにしたのは主にお金を節約したかったからです。最初に就職した大学では、パソコンを大学が支給してくれる制度があったので、学内の研究費を使って自分自身でパソコンを購入することはできませんでした。しかし、支給してくれるパソコンはスペックが非常に低いので自分でパソコンを購入する必要がありました。その頃は、既製品と同じスペックのパソコンを自作すると費用をそれなりに節約できました。それで自作パソコンにしました(科研費などの外部の研究費があればそれを使えばよいだけですが、その頃は何ももらっていなかったので)。

それ以来、ずっと自作パソコンを使うようになり、今でも職場でも家でも自作パソコンを使っています。「自作パソコン」というと、知らない人は「パソコンを自分で作るなんてすごいですね」と言いますが、単に部品を買ってきて組み立てているだけです。

先程、自作パソコンは費用を節約できると書きましたが、それは今ではあてはまらないと思います。今では(大量生産している)既製品の方が安いことも多いですし、仮に自作の方が直接の費用は安いとしてもいろんな手間やメンテナンスまで考えると割高だと言ってもいいと思います。特に、自作ですと上手く動かなかったときにどこに原因があるのか、どの部品が悪いのかを自分で探さなければいけないです。これも慣れてくればそれほど難しくはないですが、最初は難しいですし、面倒です。

ちょうど先日、新しいパソコンを一つ組み立てたのですが、いきなり電源ユニット側のケーブルのピン数とマザーボード側のピン数が合わなくて困りました。これはすぐなんとかなり、一応、パソコンが起動したのですが、今度はBIOS(最初に起ち上がる、文字が表示されるところ)から先に進まなくなりました。これはネットを検索したら対処方法がわかりました。こんな調子で、いろいろ問題が起こる度に自分でなんとかしないといけないです。

金銭面でのメリットが小さくなった結果、自作パソコンのメリットも小さくなってきています。実際、パソコンを自作する人は減っていて、その結果、昔はたくさんあったパソコンの部品を扱うお店も減ってしまいました。

このように金銭的な面でのメリットが非常に小さくなっている(もしくは、ない)にもかかわらず、まだ私が自作パソコンを使っている理由は

  • パーツを自由に組み合わせられる
  • 部品を使いまわせる

ということです。

既製品はパーツの組み合わせを選べませんし、BTOでもその選択肢は限定されています。それに対し、自作であれば本当に自由に部品を選べ組み合わせられます。それに慣れてしまうと、自分で選べないというのは少し不自由に感じます。

また、部品を選べるということに加えて、同じ部品をずっと使いまわせるという点も大きいです。CPU、マザーボード、メモリ、ビデオカードなどは基本的に新しいものが性能もいいので、新しいものを買って使いますが、ハードディスク、光学ドライブ、ケースなどは古くても問題ないものが多いので使い回します。特にパソコンのケースは10年以上前のものでも特に問題ないですから昔買ったものをずっと使い回しています。

注: 最近では、パソコンのケースというと、ノートパソコンを入れるバッグや袋のことを思い浮べる人が結構多いと思いますが、ここで言っているのはパソコンの本体が入っている箱のことです。「パソコン本体の箱ってなに?」という人も多いかもしれませんが...

私はアルミ製でシルバー(銀色)のケースがすごく好きで、仕事で使っているのも、家で使っているのも全てシルバーのアルミのケースです。

単に昔のものを使えるから使い回すという以外に、私が好きなケースが最近入手しにくくなっていることもあります。それは、最近、パソコンのケースは黒系統の色ばかりになってしまって、フルアルミのシルバーのケースが少なくなってしまったからです。

【価格.com】PCケース | 通販・価格比較・製品情報

上のページを見ると最近の売れ筋のケースがわかりますが、売れ行きの上位のケースはほとんどが黒です。ただでさえフルアルミのケースは昔から少なかったのですが、色がシルバーとなると本当に選択肢が少なくなってしまいました。

そういうわけで新しく買うということもしにくいため、古いものを使い回すことが多くなっています(それか、中古品を買います)。

ケースは古いものでも新しいものとあまり変わらない書きましたが、細かいことを言うと、ケースも新製品はいろいろ進化していて、新しいケースでは

  • 電源ユニットを下部に設置するタイプが多い(古いもののは基本的に上に設置するタイプ)
  • USB3.0のコネクタも対応(古いのはUSB2.0だけ)

など、使い勝手が改善しています。

また、それの方が人気があるからなのかもしれませんが、新しいケースは小型のタイプが多くなってきて、大きいタイプが比較的少ないです。置いておくには小型の方がいいですが、大きい方が使い勝手がいいので、私は大きめが好きです。

こんなわけで、新しいものがいいところもあるのですが、結局「アルミ+シルバー」がいいので古いものを使っています。

ちなみにMacは既製品しか販売していないですから、自作パソコンは作れないです。私がMacを使わない第一の理由はこれです(自作はできないノートパソコンについては、MacBook Airを1台利用していますが)。それとiMacのようにディスプレイ一体型は私はあまり好きではありません。ディスプレイはディスプレイアームにとりつけて位置を自由に変更できるようにして使いたいです。今は実際に自宅でも大学でも「デュアル・ディスプレイ+ディスプレイ・アーム」という組み合わせで使っています。

今は自作パソコンどころか、持ち運びもできてデスクトップよりスペースも取らないということでノートパソコンを利用する人が多いですよね。学生もほとんどがノートパソコンを利用しているようです。こんな時代ではミドルタワーのケースでさえも馬鹿でかいケースと言われると思いますが、私のメインのパソコンはフルタワーのケースを使っています。フルタワーは大きいですが、スペースに余裕があり、いろいろ入れられるので便利で気にいっています。

新しい書籍「Carbon Pricing in Japan」


私も二つの章を担当した「Carbon Pricing in Japan」という書籍が出版されました。

有村俊秀先生(早稲田大学)と松本茂先生(青山学院大学)のお二人が編集をされた本です。タイトル通り、日本における炭素税価格(温暖化対策)などについての研究をまとめたものです。

https://link.springer.com/book/10.1007/978-981-15-6964-7



私が担当したのは次の二つの章です。

10章: Takeda S. (2021) The Competitiveness Issue of the Japanese Economy Under Carbon Pricing: A Computable General Equilibrium Analysis of 2050. In: Arimura T.H., Matsumoto S. (eds) Carbon Pricing in Japan. Economics, Law, and Institutions in Asia Pacific. Springer, Singapore. https://doi.org/10.1007/978-981-15-6964-7_10
13章: Asakawa K., Kimoto K., Takeda S., Arimura T.H. (2021) Double Dividend of the Carbon Tax in Japan: Can We Increase Public Support for Carbon Pricing?. In: Arimura T.H., Matsumoto S. (eds) Carbon Pricing in Japan. Economics, Law, and Institutions in Asia Pacific. Springer, Singapore. https://doi.org/10.1007/978-981-15-6964-7_13

一応、もう出版されたはずなのですが、なぜか年が2021年(?)になっています。

あまりないことだと思うのですが、本自体がオープンアクセスになっていますので、どの章もPDFファイルを無料でダウンロードできます(もちろん紙の本を購入することも可能ですが)。

以下、二つの章の研究を簡単に紹介したいと思います。

第10章の内容

第10章は、動学的なCGEモデルによって、CO2の排出規制が日本の経済に与える影響について分析したものです。

モデルには15地域、11部門、グローバルモデル、2011年から2050年までをカバーする逐次動学モデルを用いています。データはGTAP。このモデルで、日本を含めた先進国は2050年までに80%削減するというシナリオを前提とし、さらにその上で、1)途上国の削減について複数のシナリオ、2)国境調整措置についての複数のシナリオを想定して分析をおこなっています。

1のようなシナリオを分析するのは、途上国における排出規制の程度が日本に対してどういう影響をもたらすかを分析するためです。また、2は国境調整措置の有無がどのような影響をもたらすかを分析するためです。

分析の主な結果は以下の通りです。

  • 途上国のCO2削減率の変化は日本にはあまり大きい影響を及ぼさない。
  • 国境調整措置の有無は日本全体には小さい影響しかもたらさないが、一部の部門には大きい影響を与える。

第13章の内容

第13章はCGE分析で得られたシミュレーション結果を元に、1) 家計への影響、2) 企業への影響を分析した研究です。CGE分析と別の分析を組み合わせるという少し珍しいアプローチをとっています。

CGE分析ではどうしても国全体、産業全体、家計全体といったレベルの分析しかできないので、個々の企業や家計への影響というのは分析しにくいです。そこで、CGE分析から導かれた結果を使って、さらに詳細な影響を分析するということを試みています。

ノーベル経済学賞の意義


今年のノーベル経済学賞はオークションの専門家のアメリカ人の二人が受賞しました。

よく言われることなのですが、ノーベル経済学賞はアメリカ人の受賞が圧倒的に多いです。Wikipedia を見てみてください。

ノーベル経済学賞 – Wikipedia

ただでさえアメリカ人が多いのに加え、仮に外国人だとしても、実際に住んで研究をしている場所はアメリカということが多いと思います。例えば、昨年2019年の受賞者の「デュフロ氏」はフランス人ですが、所属はMITで、研究も基本的にはアメリカでおこなっていると思います。2016年受賞の「ホルムストローム氏」もフィンランド人ですが、ずっとアメリカの大学所属です。

アメリカ人ばかり受賞するのは何かおかしいのではという意見もありますが、現在の経済学の状況をそのまま受け入れるとすると、ある意味当然の結果とも思います。やはりアメリカの研究機関が経済学の研究の水準はずばぬけて高いですから。今回のノーベル賞とは全く関係ないのですが、私の研究分野でも leading scholars の多くはアメリカの大学にいる人です。

ただ、それだけ経済学の研究が活発で、水準も高いアメリカで、深刻な経済問題や社会問題が生じていて、それをなかなか解決できないことはいつも不思議に思います。

深刻な経済問題、社会問題とは、例えば、

  • トップ数%が全体の資産の大半を所有しているなど、貧富の差が非常に大きいこと。
  • 満足な医療を受けられないような人々がたくさんいること。
  • 借金まみれの人が多いこと。
  • 薬物が蔓延していること。
  • 略奪が頻繁にあること。

などです。

経済学の研究がずば抜けて進んでいる国にもかかわらず、こんな問題をいつまでも解決できない(むしろ、深刻化している?)のってなんででしょう?私自身経済学者ですが、これでは、経済学の研究が進んでいることの意義はなんなのかと疑問に思ってしまいます...

生涯効用の計算(つづき)


前の記事「生涯効用の計算」で書いたように、林貴志先生の『ミクロ経済学(増補版)』(以下、林テキスト)で、生涯効用や期待効用についての、序数性、基数性の問題が扱われています。効用の序数性、基数性についてこの教科書ほど深く扱っているものはないと思うので、今回、この本の考え方について書きたいと思います。

前回の繰り返しですが、生涯効用 u は、瞬時的効用 $v_t$ の加重和として以下のように計算されます。

\[ A式: \hspace{1em} u = \sum_{t=0}^{\infty} \alpha_t v_t \]

私自身は、前回書いたように、生涯効用を計算するときの瞬時的効用($v_t$)が基数的な意味を持っていて、それの加重和として生涯効用 $u$ が計算されるのに、生涯効用が序数的な意味しか持たないというのはちょっとおかしいのではと思っています。

これに対して、林テキストでは次のように説明しています。まず、p.49で

効用表現はあくまで選好順序の表現としてのみ意味を持つのであって、なんら量的な意味は持たない.これを効用表現の序数性という.

と効用は序数的なものと説明してます。そして、p.131 で生涯効用を

\[ u(x) = f(v(x_1) + \beta v(x_2)) \]

のように表現したうえで($\beta$ は割引因子)、p.132 で以下のような説明をしています。

vが基数的であっても、uはいくらでも頭に単調変換fをかませられるから序数的なのである。関数vを「期間効用関数」あるいは単に「効用関数」と呼んでいる教科書が多いが、上記の違いゆえに、vを「効用」と呼ぶのは誤解を招く。だから本書では期間間代替関数という珍妙なネーミングを使わせてもらう.

以上の説明を簡単にまとめると、

  • 「効用」というものは序数的な意味しか持たないもの。
  • v(x) は基数的な性質を持つ。
  • 効用は序数的なものなのだから、基数的な意味を持つ v(x) はそもそも「効用」を表しているのではなく、よって「効用関数」と呼ぶのは適切ではない。
  • 代わりに「期間間代替関数」と呼ぶ。

となります。まず前提として「効用 = 序数的なもの」とする。だから「基数的なものは効用ではない」。そして、v(x) は基数的な性質を持つものであるから効用ではないと説明しています(そして、効用ではないものを効用と呼ぶのは不適なので他の呼び方をすると)。

確かに、「効用は序数的なもの」という考え方を採用し、それと整合性を保つように考えるのなら「v は効用ではない」ということなってもおかしくはないというか、むしろそう考えるのが自然かもしれません。その意味で、林先生の考え方は首尾一貫した、整合性のあるものだと思います。

ただ、説明で一箇所おかしいというか、不正確かなと思うところがあります。説明では『関数 v を「期間効用関数」あるいは単に「効用関数」と呼んでいる教科書が多い』と書かかれています。これはちょっと実情と違うのではないかと思います。というのは、実際には「多い」どころか、「ほとんど全ての教科書」だと思うからです。

例えば、世界中でよく使われていると思われる以下の教科書では v を「効用(関数)」と呼んでいます。

  • David Romer の Advanced Macroeconomics ⇒ Instantaneous utility function
  • Blanchard and Fischer の Lectures on Macroeconomics ⇒ Instantaneous utility function
  • George McCandless の The ABCs of RBCs: An Introduction to Dynamic Macroeconomic Models ⇒ Subutility function
  • Maurice Obstfeld and Kenneth Rogoff の Foundations of International Macroeconomics ⇒ Period utility function

前回挙げた Barro and Sala-i-Martin のように効用関数ではなく「felicity function」と呼ぶ教科書もかなりあります。ただ、その場合には felicity function を各時点での「効用水準」を表す関数と説明しているものがほとんどだと思います。

正確なデータを持っているわけではないのであくまで私の推測にすぎませんが(そもそも経済学の教科書・文献で v を何て呼んでいるかを包括的に調べている人なんていないと思いますが)、これらの世界中で標準的に利用されている教科書で「効用」と書いているのですから、世界中のほとんどの人が v を効用と呼んでいるのが現状ではないでしょうか。実際、私は「v は基数的なので、効用と呼ぶのは不適切。だから、別の名前で呼ぶ」という教科書(あるいは人)をこの林テキスト以外に見たことがないです。

ですので、実際には「関数 v を効用関数と呼んでいる教科書が多い」ではなく、「関数 v を効用関数と呼んでいる教科書がほとんど」だと思います。私の印象では 99.9% くらいいくんじゃないかと思います。

ただ、それが正しいか正しくないかはまた違う話で、多数がそう呼んでいるからといって、それが正しいわけではないと思います。上で書いたように、理論的な整合性を重視する(効用はあくまで序数的な意味しかもたないということを貫く)のでしたら、v を効用と呼ばないことがむしろ当然の帰結かもしれません。

現実にはそこまで理論的な整合性にこだわる人はほとんどいなくて、大多数の人は場当たり的に適当な使い方をしているということだと思います。経済学は理論にうるさい人が結構多いと思いますが、この点についてはかなり適当に考えている人が多いのではないでしょうか。

ただ、ほとんどの人が効用と呼んですませているものを、「効用と呼ぶのは不適切だから、別の呼び方をする」というのは、なんというかすごく理論的な整合性に対するこだわりが強いですね。ここまでこだわる人はあまりいないと思います。

私自身は、上で書いたように

  • 他の多くの人も v は効用と考えているんだから、v は基数的な意味を持つ効用と考えるのがいいのでは。
  • v が基数的なのだから、それの加重和である u (生涯効用)も基数的に考えていいのでは。

という考え方です。ただ、前回書いたように v(c) の特定化によっては u がマイナスの値になってしまって、序数的にしか考えられないケースがあるのですが。

理論的な整合性にもある程度はこだわらないといけないと思いますし、一応私も一般均衡モデルでシミュレーションをしている人間なので、経済学者の平均と比べると理論的な部分にこだわっていると言ってもいいと思いますが、同時に、私はその一般均衡モデルを使って日本の経済のシミューレション分析をするというような荒っぽいことをしているので、今さらそんな細かいことにこだわっても...とも思っています。日本経済の消費を一つの代表的家計の最適化行動によって表現するというようなかなり荒っぽい仮定で分析しているのに、今さら細かい理論的な整合性を考えてもなあ...ということです。

まあ、普通の人・普通の経済学者からすると「どっちでもいい」ことかもしれませんが。

基本的には林テキストの説明は(すごく独特な考え方だとは思いますが)納得できます。ただ一つ違和感があるところがあります。

v を効用と呼ばないのなら、そもそも「期待効用」という呼び方はおかしいんじゃないかということです。元々、「期待効用」は効用(v)の期待値をとったものだから期待効用と呼ばれるのではないでしょうか?だとすると、v が効用でなければ、効用ではない何か(○○)の期待値ということになるので、期待効用ではなく、別の呼び方、例えば「期待○○」になるのが自然だと思います。効用じゃないものの期待値を期待効用と呼ぶのっておかしいような気が...

生涯効用の計算


一個前の記事「負の値をとる変数の変化率(?)」で、負の値をとる変数の変化率の話を書きました。なぜそんなことを書いたのかというと、動学モデルで生涯効用の計算をする必要があったからです。

「生涯効用」

マクロ経済学などでは家計の動学的な最適化行動を想定することが多いです。家計が生涯効用(lifetime utility)を最大にするように消費(や貯蓄)を決定するという想定です。

その際に次のような生涯効用関数が使われます。

\[ A式:\hspace{1em} u = \sum_{t=0}^{\infty} \alpha_t v_t \]

ただし、$u$ は生涯効用、$v_t$ は t 時点における効用で、$\alpha_t$ は割引要因です。$\alpha_t$ は主観的割引率を $\beta$ とすると $\alpha_t = [1/(1+\beta)]^t$ となります。

つまり、生涯効用は各時点の効用の割引現在価値の総和として定義されます。

通常、一時点での効用は消費に依存すると仮定されるので、

\[ v_t = v(c_t) \]

のように表現できます。$c_t$ は t 時点における消費です。

注:ここでは効用が消費にのみ依存するという前提を置いていますが、余暇にも依存すると想定する場合もあります。マクロ経済学のDSGEモデルはそう仮定することが多いと思います。余暇も含めた考えても以下の議論は変わらないと思います。

一時点での効用を表わす関数 $v$ は "felicity function", "instantaneous utility function", "period utility function" などと呼ばれます。以下では「瞬時的効用関数(instantenous utility function)」と呼ぶことにします。

この瞬時的効用関数としては以下の関数が使われることが多いです。

\[ B式:\hspace{1em} v_t = f(c_t) = \frac{c_t^{1-\theta}}{1-\theta} \]

ただし、$\theta$ は異時点間の代替の弾力性の逆数を表すパラメータで、$\sigma$ を異時点間の代替の弾力性とすると、$\theta = 1/\sigma$ です。

このタイプは、例えば、著名な David Romer マクロ経済学の教科書『Advanced Macroeconomics』で利用されています。

Romer, D., 2012. Advanced macroeconomics. Fourth edition. New York: McGraw-Hill/Irwin.

これも著名な経済成長論の教科書である Barro and Salai-i-Martin 『Economic Growth』ではB式を少し変えた以下のようなタイプが使われています。

\[ f(c_t) = \frac{c_t^{1-\theta} – 1} {1 – \theta} \]
Barro, R.J. and Sala-i-Martin, X. (2004) Economic growth, Second Edition, MIT Press.

ただ、これは基本的には Romer の式と同じようなものなので、以下では Romer の方のB式を前提にして話を進めます(Barro and Sala-i-Martin の定式化では、$\theta \rightarrow 1$ とすると $f(c_t) \rightarrow \log(c_t) $ になります)。

B式のように特定化された場合、仮に $\sigma < 1$ とすると、$\theta > 1$ となります。ですので、必ず $v_t < 0$ となり、「$u < 0$」となります。つまり、異時点間の代替の弾力性が1より小さいときには、生涯効用は必ず負の値になります

$c_t$ の増加によって u は上昇しますから、単調増加の関係はあります。つまり、各期の消費が増加すれば生涯効用は上昇するという関係はあります。ただ、それが、例えば、「−10から−5に上昇する」というようにマイナスの範囲で上昇する関係になるということです。

今、無限期間ではなく、terminal period(T)を有限として「T = 200」とし、さらに、beta = 0.05、sigma = 0.5、$c_t$ = 100 for all t として u を求めると「u = -0.209988」となります。

beta と sigma は同じままで $c_t$ = 200 for all t とすると「u = -0.104994」となります。$c_t$ が多いほどu は上昇します。

以下の図は、beta = 0.05、sigma = 0.5とし、$c_t$ を「10 – 200」の間を動かしたときの u の値をプロットしたものです。




仮に生涯効用 u の大小関係しか関心がないのなら、これで何も問題がありません。大小関係を考えるときには負の値であっても全く問題ないからです。

しかし、u がどれくらい変化したかを考えたいときにはこれでは少し困ります。変化の大きさを測るのにできれば変化率を使いたいのですが、u の変化率が計算できないからです。

負の値をとる変数の変化率を計算できないのかということを考えたのは、上のように生涯効用の変化率を求めようとしたからでした。



「序数的効用」と「基数的効用」

ミクロ経済学の教科書によく出てくることですが、そもそも「効用」という指標については「序数的効用」「基数的効用」という二つの考え方があります。

  • 序数的効用(ordinal utility) → 効用は大小関係にのみ意味があるという考え方
  • 基数的効用(cardinal utility) → 効用の水準に意味があるという考え方。

さらに、基数的効用については ①「絶対的な水準に意味がある」という考え方と、②「絶対的な水準には意味がないが、比率には意味がある」という考え方の二つに分けられると思います。もう少し具体的に言うと

  • ① 効用 = 2 という数字。この 2 という数字に意味があるという考え方。この場合は効用水準の他人との比較も可能。
  • ② 絶対的な値には意味がないが、変化率は意味があるという考え方。この場合、効用が2倍になった、効用が 1/2 になったと言うことが可能。

さすがに前者の考え方を適切だと考える人はほとんどいないと思うので、以下では「基数的=②の考え方」という前提で話を進めます。

以上のように、「序数的」、「基数的」の二つの考え方があるのですが、そもそも序数的な考え方しか意味がないという人も多いと思います。例えば、ミクロ経済学の教科書として有名な、神取道宏先生の『ミクロ経済学の力』という教科書には次のような説明があります。

重要なのは効用の大小であり、効用の絶対的な大きさには意味がありません。

u(ウーロン茶) = 2,
u(ビール) = 1

であると経済学者がいうとき、これが意味するのは、ウーロン茶の満足度はビールの満足度の2倍であるということではなく、単にウーロン茶のほうがビールよりも好きだということなのです。別に

u(ウーロン茶) = 1000000000000,
u(ビール) = 1

としてもよいわけです。

「効用というものは大小関係しか意味がない」と書いていますので、序数的な考え方は意味があるが、基数的な考え方は意味がないと主張しています。このように考えている人は多いと思いますし、こう説明している教科書も多いと思います。しかし、基数的効用の考え方を利用する人も少なくはないと思います。

というのは、動学モデルで普通に使われている生涯効用の計算は基数的な効用を前提とするからです。

上で見たように、生涯効用は各時点の効用(瞬時的効用)の加重和です。「足す」という演算をしていることは、瞬時的効用は大小関係のみではなく、その水準に意味があるということになります。つまり、基数的な意味を持っているということです。

同じようなことは、不確実性を扱うモデルで出てくる「期待効用(expected utility)」 にも言えます。

\[ 期待効用 = \sum_{i} 状態 i の生じる確率 \times 状態 i での効用水準 \]

というように期待効用は各状態での効用を足すことで計算されます。これはやはり各状態の効用が基数的な意味を持つということを前提としています。そもそも期待効用は「効用の期待値をとったものだから期待効用」なのでしょうから、大小関係しか意味がないとすると期待値を計算することができなくなり、期待効用の考え方・名前自体が成り立たなくなると思います。

こう考えると、よく使われる A 式とB 式による生涯効用関数の特定化は少しおかしいような気します。

B式の瞬時的効用関数を仮定した場合、sigma < 1 なら、生涯効用は必ずマイナスになり変化率も計算できなくなります。つまり生涯効用の値は序数的な意味しかないものになってしまいます。しかし、基数的な意味を持つ効用(瞬時的効用)から計算した全体としての効用(生涯効用)が序数的な意味しかないというのは変じゃないでしょうか?元々、足すことができるという前提で考えている各期間の効用から計算する効用が大小関係しか意味がないというのはどこかしっくりきません。

いっそのこと生涯効用は

\[ u = \left[ \sum_{t=0}^{\infty} \alpha_t c^{1-\theta} \right]^{\frac{1}{1-\theta}} \]

のような CES 型にしたらどうかと思います。こうすれば生涯効用は($\sigma$がどんな値でも)常にプラスになりますし、変化率も計算できます。実際、このタイプの生涯効用関数は MIT の(forward-looking versionの)EPPA model で利用されています。

Babiker, M., A. Gurgel, S. Paltsev & J. Reilly (2008): A Forward Looking Version of the MIT Emissions Prediction and Policy Analysis (EPPA) Model. Joint Program Report Series Report 161, 18 pages (http://globalchange.mit.edu/publication/15538)

ただ、これはこれで解釈に少し困りますが。



基数的な効用というのは確かに理論的にも、現実的にもおかしい部分があるので、序数的な効用しか意味がないと考える人がいるのはわかります。ただ、一方で(瞬時的効用に)基数的な意味を与えながら、もう一方(生涯効用)では序数的な意味しか考えないというのはちょっとおかしい気がします。

そもそも「2倍になる」ということが意味を持つ「瞬時的効用」の加重和をとることで求めているのに、「生涯効用が2倍になるという表現はおかしい」というのはなんだかおかしいです。


長々と書いてきたのですが、この生涯効用、期待効用の計算における序数、基数の問題については、以下の教科書で詳しく扱われています。

林貴志(2013)『ミクロ経済学(増補版)』,ミネルヴァ書房.



ただ、著者の林先生は私とは全然違う考え方をしています。これについてはまた今度。

この続き→ 「生涯効用の計算(つづき)」

負の値をとる変数の変化率(?)


注(2021年5月1日追記)
このページは「マイナスの値をとる変化率」のことではなく、「マイナスの値をとる変数の変化率」の話をしています。

今まで変数の変化率は最初の値がゼロでなければいつでも定義(計算)できるとばかり思っていたのですが、馬鹿みたいに単純なことをよくわかっていないことに気がつきました。

何かというと負の値をとる変数の変化率をどう考えればいいかということです。

変化率は通常次の式で計算されます。

\[ A式: \ \ 変化率 = \frac{変化後の値 – 変化前の値}{変化前の値} \]

例えば、「変化前 = 10」、「変化後 = 12」なら

\[ 変化率 = \frac{12-10}{10} = \frac{2}{10} = 0.2 \]

となります。

しかし、「変化前 = −10」、「変化後 = −8」として、A式を使うと

\[ 変化率 = \frac{-8+10}{-10} = \frac{2}{-10} = -0.2 \]

となります。増加しているのに変化率はマイナスになるのでおかしいです。

なんだか馬鹿みたいに単純な話かもしれないのですが、そもそも負の値をとる変数の変化率は定義できないということなのでしょうか?

応用一般均衡分析とCGE分析


私の研究の専門は"computable general equilibrium analysis"という分野です。略してCGE analysisになります。これを日本語ではよく「応用一般均衡分析」と呼びます。しかし、"computable general equilibrium analysis"の正確な日本語訳は「計算可能な一般均衡分析」です。そして、本来、「応用一般均衡分析」というのは英語の"applied general equilibrium analysis"の訳です。

つまり、本来の正確な用語の対応関係は次のようになっています。

  • Computable general equilibrium analysis ←→ 計算可能な一般均衡分析
  • Applied general equilibrium analysis ←→ 応用一般均衡分析

それが実際には「CGE analysis = 応用一般均衡分析」というような用語の使われ方がされるということです。私もよくそういう使い方をしています。なぜこのような(ある意味不正確な)用語の使われかたがされているのかを今回説明したいと思います。

といっても、私も正確な理由・経緯をちゃんと把握しているわけではなく、おそらくこういう理由・経緯でこうなったのではないかという程度の推測にすぎません。間違っているかもしれません。


CGE analysisとAGE analysis

まず、元の英語の"CGE analysis"と"AGE analysis"ですが、これが同じ概念を指しているのなら、(日本語訳としては少し変ですが)意味としては「CGE analysis=応用一般均衡分析」がそのまま成り立つことになります。実際のところどうかというと、少なくとも昔は違う意味で利用されていたようです。

このためか、Wikipediaの"Applied general equilibrium"のページでもAGE analysisとCGE analysisは区別されています。

Applied general equilibrium – Wikipedia

私もあまりわかっているわけではないのですが、二つは次のような違いがあるようです。

AGE analysis

こちらは元々は抽象的なモデルから始まった一般均衡モデル(特にArrow-Debreuモデル)を数値的に解くことを目指すことから始まったようです。一般均衡解となる均衡価格を実際に数値的に求めるにはどうすればよいのかという問題意識から始まり、まずHerbert Scarfがそのためのアルゴリズム(Scarf algorism)を考案し、その後、それが改良されていくというような流れです。

CGE analysis

こちらは産業連関分析を一般均衡モデルに拡張していく流れで、Leif Johansenから始まっているようです。まず産業連関表というデータとそれに基づくシミュレーション分析である産業連関分析があり、それを一般均衡モデルによるシミュレーションに拡張していく流れです。具体的には産業連関分析では外生的に扱われていたり、考慮されていない最終財への需要、最終財市場、生産要素市場、及びその他の金銭的なフローを内生的に扱うようなモデルへの拡張です。生産関数における投入物間の代替の考慮もそれに含まれます。

こちらのアプローチでは、分析は

  • 基準データにおいて経済が均衡していると仮定。それを基準均衡という。
  • 基準均衡に何らかのショック(政策の変化などの外生的なショック)が与えられたときに、均衡がどう変化するかを分析する。

という手順に従っておこなわれます。

AGE analysisでは均衡解は未知のものですが、こちらの場合は、基準データの状態で経済が均衡状態にあるという前提をおくので、基準均衡は事前にわかっています。その基準均衡の状態がショックによってどう変わるかを分析するという形です。つまり、完全に未知の均衡解を求めるというのではなく、既にわかっている解がショックによってどう変化するかを計算するということです。

Shoven and Whally

以上のように元々は違う概念、アプローチをそれぞれ指していたようです。しかし、(その経緯はよくわからないですが)80年代くらいにはどちらもほぼ同じようなものになったようです。正確に言うと、AGE analysisの指すものが結局CGE analysisと同じようなものになったようです。

というのは、70年代、80年代におけるAGE analysisの代表的な研究者であるJohn Shoven‪John Whalley‬の二人がAGE analysisと呼んでいる分析が現在CGE analysisと呼ばれているものとほとんど同じだからです。

Shoven and Whallyの研究については

Shoven, B. J. and Whally, J. (1992), Applying General Equilibirum, Cambridge Surveys of Economic Literature, Cambridge University Press.

にまとめられています。

このように、AGE analysisとCGE analysisは結局同じようなものを表すようになったようです。そして、なぜかはわかりませんが、その後、海外ではAGE analysisではなく、CGE analysisという用語が定着したようです。現在ではAGE analysisという用語を使う人はほとんどいないと思います。


日本では

一方、日本ではCGE analysisが指すアプローチを「応用一般均衡分析」と呼ぶことが多いです。日本でこの用語が使われるようになった理由は二つあると思います。

一つ目の理由は、日本でCGE analysisが指すようなアプローチが知られるようになった際に、上で挙げたShoven and Whallyによる書籍"Applying General Equilibirum"の翻訳書である

ジョン・B・ショウヴン, ジョン・ウォーリ(1993)『応用一般均衡分析 : 理論と実際』,小平裕訳,東洋経済新報社

や、Shoven and Whallyと同じ分析手法で日本経済を分析した研究をまとめた

市岡修(1991)『応用一般均衡分析』,有斐閣

という書籍の影響が大きかったからだと思います。この二冊の書籍がどちらも「応用一般均衡分析」という用語を利用しているので、CGE analysisのような分析を応用一般均衡分析と呼ぶことが多くなったのではないかと思います。

またそれに加え、私はCGE analysisの直訳の「計算可能な一般均衡分析」という用語が、「応用一般均衡分析」という用語と比較して、あまりスマート(?)な用語ではないということも大きいのではないかと思います。

これは単に私個人の感覚ですが、「計算可能な」は日本語としてもあまりなじみがないですし、言葉としていかにも直訳っぽく、スマートな言い方じゃない気がします。一方、「応用」という言い方はよく使いますし、「一般均衡モデルを現実の経済の分析に応用している」というCGEモデルの特徴も示唆してくれますので、自然な用語に感じます。仮にCGEとAGEが全く意味が違うというのなら、CGEの訳語に「応用一般均衡」を使うのはさすがに不適切ですが、どうせ似たような意味ということで、多くの人が「応用」という用語を使いたがったのではないかと推測してます。

結局、話をまとめると、

  • 正確な用語の使い方ということで言えば、"CGE analysis"は日本語では「計算可能な一般均衡分析」と呼ぶべき。
  • しかし、AGE = CGEといってもいいので、意味としては「応用一般均衡分析」と呼んでも間違いではない。
  • 日本では、最初に「応用一般均衡分析」という用語が定着したのと、「計算可能な」より「応用」という用語の方が好まれるので、日本語では「応用一般均衡分析」を使う人が多くなった。

ということではないかと思います。

まあ、間違ってるかもしれませんが。

20年前のMOディスク


私がはじめてパソコンを購入したのは早稲田の大学院修士課程に入学した頃ですので、1996年頃だったと思います。ただ、あまりスペックが高いパソコンではなく、しかも家はネットの通信環境がよくなかったので(ダイアルアップだったので)、大学のパソコンルームのパソコンをよく利用していました。98年、99年頃には24時間オープンしているパソコンルームもあったので、夜にもよく利用していました。ただ、大学のパソコンには自分の必要なソフトがインストールされていないため、MOディスクに必要なソフトやファイルを入れて持ち歩いていました。

今の若い人は「MOディスク」のことなど知らないと思いますが、大きさはフロッピーディスクくらいで、フロッピーディスクと同様に書き換え可能なメディアですが、その当時としてはかなりの容量を保存できるということで、利用者もそれなりにいたと思います(そもそも若い人はフロッピーディスクも知らないでしょうが)。なぜか大学のパソコンにはMOドライブが設置されていたので、MOディスクに必要なソフトやファイルを入れて持ち歩いていました。

その当時使っていたMOディスクをずっととってあったのですが、今はMOドライブなど私自身持っていないですし、身近なところにもないので、その中身を読むことができませんでした。が、最近、MOドライブの中身を吸い出して、CDなどへコピーをしてくれるサービスがあることを知ったので、それを利用して中身を取り出してもらいました。代金は1000円くらいでした。

なにが入っているかよく覚えていなかったのですが、以下のものが入っていました。

  • Meadow(Emacs)一式
  • Meadowの設定ファイルいろいろ
  • TeX一式
  • TeX関連のソフト(dviout, ghostscript, gsviewなど)
  • bash, gzipのようなUnix系のコマンドラインのプログラム
  • 修士論文のTeXのファイル
  • その他のソフトウェア
    • gnuplot
    • lha
    • Perl 5
    • plain2
    • Mayura Draw

今は論文(やその他のいろんな資料、書類)を書くのに主にWordを利用していますが、その当時は主にTeX(pLaTeX)を利用して論文を書いていました。また、そのTeXのソースの編集にはエディタの 「Meadow」を使っていました。MeadowというのはUnixのエディタEmacsをWindowsに移植したものです。今はEmacs自体のWindows版があるのですが、その当時はまだUnix版しかなく、WindowsユーザーはMeadowを利用していました。

また、その頃、bashやgzipやらのUnixのコマンドがWindowsに移植されるようになったので、それも使っていました。

Mayura Drawというのは図を描くためのソフトです。Adobe Illustratorのようなベクター画像を描けます(もちろん、機能はillustratorと比べれば少ないですが)。論文に入れる図などは、これで描いて、それをEPS画像にして使っていました。試しにクリックしてみたら、20年以上前のプログラムなのに、Windows 10でちゃんと起動して、使えました。

gnuplotはグラフを描くため、PerlはTeXのコンパイルにlatexmkというPerlスクリプトを利用していたので、インストールしていました。plain2というのは、普通に書いた文章をTeXのファイルに変換してくれるソフトです。結局、全然使いませんでしたが。

ちょうど修士論文を執筆しているときに利用していたディスクなので、修士論文のファイルも一式入っていました。TeXで書いていたので、TeXのソース一式です。修論のメインのファイルを見てみると、PSfragを使うなど、ちょっとトリッキーなこともしています。PSfragとはEPS画像の中の文字列を別の文字列で置き換えるというパッケージです。また、その頃にはもうBibTeXも使っていて、しかも、bstファイルも修論用に自分でアレンジしたものを使っていました(aer.bstを修正したものでした)。

試しに修士論文のTeXファイルを現在インストールしているTeX(TeX Live 2020のTeX)でコンパイルしようとしましたが、エラーになりできませんでした。そこで、MOに入っているTeXを使ってコンパイルしたところ上手くできました。それでできたDVIファイルをdvi2psでPS(postscript)ファイルにし、さらにps2pdfでPDFにしました。dvipdfmでPDFファイルに直接変換するのではなく、dvi2psで一度PSファイルに変換するのは、TeXファイルで利用しているPSfragがdvipdfmに対応していないためです。

できあがったPDFファイルはちょっと図の部分がおかしいところを除いて上手くコンパイルできています。TeXの原稿のファイル自体はテキストファイルですので、20年前のファイルを今でも普通に編集できますが、それをコンパイルするとなるとちょっと大変ですね。まあ、特殊な命令やパッケージを利用していなければ今のTeXでもそのままコンパイルできることが多いとは思いますが。

ついでに一緒にMOに入っているMeadowを使ってみようとしましたが、こちらは全く起動しませんでした。もうWindows 10では動かないのかもしれません。Emacsの設定ファイルである".emacs"ファイルには

;;;;;          -*- mode: lisp-interaction; syntax: elisp -*-
;;;;;
;;;;;              .emacs for Meadow (Shiro TAKEDA)
;;;;;
;;;;;              First written: <1999/02/14 18:12:16>
;;;;;
;;;;;              Time-stamp: <1999/02/15 04:24:33>

と書かれているので、1999年のものです。

Meadowの前にはUnixのMuleをWindowsに移植した「Mule for Win32」も使っていたので、Emacs(系のソフト)をもう22、3年利用していることになります。今はEmacs以外にもエディタはたくさんあり、Emacsの利用者は減っているようですが、私は今後もEmacsをメインのエディタとして使うと思います。さすがに20年も使うと他に移りにくいというか、移る気が起きません。

論文における参考文献の形式・情報


昔は経済学では研究は個人でおこなうことが多く、論文も単著が多かったと思いますが、今では経済学でも共同研究が多くなり、論文も共著が増えてきました。正確な割合はわかりませんが、半分以上の論文は共著論文じゃないかと思います(単なる私の印象ですが)。特に、実証分析の論文は共著が多いと思います。

共著論文が増え、さら一本の論文における著者数も増える傾向がありますが、経済学では著者の数はせいぜい数名程度(多くても十数名)だと思います。これに対し、研究分野によっては、共同研究の規模がはるかに大きく、著者数も非常に多くなることがあるようです。

例えば、次の二つの論文はどちらも物理学(天文学?)の分野の論文のようですが、著者数は Aad et al. (2012) がおよそ3000名(!)、Abbott et al.(2016) はおよそ1500名です。

Aad et al. (2012), Physics Letters B,
http://dx.doi.org/10.1016/j.physletb.2012.08.020

Abbott et al. (2016), The Astrophysical Journal,
http://dx.doi.org/10.3847/2041-8205/826/1/l13

別の論文を自分の論文で引用した場合、参考文献の部分に引用した文献の情報を掲載することになりますが、上記のような論文の場合、その全ての著者を掲載することは難しいです。

このような場合、著者の一部のみを掲載することが普通のようです。例えば、

Aad, G. et al. (2012) "Observation of a new particle in the search for the Standard Model Higgs boson with the ATLAS detector at the LHC," Physics Letters B, Vol. 716, No. 1, pp. 1–29, DOI: 10.1016/j.physletb.2012.08.020.
のように筆頭著者の名前のみを出す場合もあれば、
Aad, G., T. Abajyan, B. Abbott et al. (2012) "Observation of a new particle in the search for the Standard Model Higgs boson with the ATLAS detector at the LHC," Physics Letters B, Vol. 716, No. 1, pp. 1–29, DOI: 10.1016/j.physletb.2012.08.020.

のように第三著者まで名前を出すような場合もあるようです。これは雑誌によって変わってきます。

BibTeX において上記のような処理をおこなう最も単純なやり方は自分で BibTeX のデータベース(bib ファイル)を修正することです。具体的には、実際には多数の著者が登録されている author フィールドの値を

author = {G. Aad and others}
author = {G. Aad and T. Abajyan and B. Abbott and others}

のように"and others"を用いて書き換えてしまうということです。こうすれば参考文献部分が上記のように処理されます(これはどの bst ファイルを使っているかにもよりますが)。

しかし、この方法では著者数が非常に多い論文を引用しようとする際に、いちいち自分でデータベースを書き換える必要があり少し面倒です。

jecon.bst は元々経済学分野を念頭に置いて作成しており、対象となる論文はそれほど著者数が多くありません。そのため参考文献部分では常に全ての著者の名前を掲載するようにしていましたが、今回、上記のように著者数が非常に多い論文をそのまま扱えるように jecon.bst に修正を加えました。

具体的には、

  • N1人の著者がいる場合は、最初のN2人のみの名前を掲載し、残りは「et al.」(日本語論文の場合は「他」)で省略する。

という処理にしました。

N1 と N2 の数値はそれぞれ "bst.max.author.num" と "bst.max.author.num.display"で決定されています(デフォールト値はそれぞれ 8 と 3です)。

詳しくはjecon-example.pdfの「著者数が非常に多いケース」という項か jecon-many-authors.pdfの説明を読んでください。

話は変わりますが、先程上で例として挙げた

という論文はそれぞれ "Physics Letters B"、"The Astrophysical Journal Letters" という雑誌の論文ですが、どちらも参考文献部分では論文の情報として著者名、雑誌名、巻、ページ、年しか掲載していないです。つまり、論文のタイトルは掲載していないです。参考文献部分の形式、情報は雑誌や分野によってかなり違いますが、どんな分野であっても参考文献情報として論文のタイトルは掲載するものだと思っていたので、これにはちょっと驚きました。

まあ、論文へのリンクは張ってあるので、リンク先に飛べばタイトルもわかります。ただ、いちいちタイトルを見るためにリンク先に飛ぶのも面倒に感じますが、そうでもないのでしょうか?それとも論文のタイトルが重要な情報と見なされていないということでしょうか?私個人は、参考文献部分を見るときには、やっぱり論文のタイトルを知りたいので、タイトルは必ず掲載して欲しいなと思います。

いずれにせよ、研究分野によって、参考文献部分の書式、情報もかなり違うということがわかりました。

BibTeX用の文献データベース


昔は bib ファイル(BibTeX用のデータベース)は自分で作成するものでした。しかし、最近はネットから bib ファイルの情報を入手したり、文献データベースソフトから bib ファイルを作成できるようになりました。英語の論文なら、例えば

  • 雑誌の出版社のページ
  • Google Scholar
  • IDEAS(これは経済学系の論文のみみだと思いますが)
  • Cinii(ここは主に日本語の論文のデータベースですが、英語の論文のデータもあります)
  • Mendeley(文献管理ソフトのMendeleyから出力)

などから bib データが入手できます。

このようにネット等から入手可能ですので、自分で手作業でデータベースを作成するという面倒な作業をする必要がなくなり非常に楽になりました。 それはいいのですが、現状では同じ文献であっても、どこから入手するか(つまり、ソース)によって含まれる情報が異なることが多いので少し困ります。

以下の論文を例にとって、説明します。

Shiro Takeda (2007) "The double dividend from carbon regulations in Japan", Journal of the Japanese and International Economies, 21(3), pp. 336-364.
http://dx.doi.org/10.1016/j.jjie.2006.01.002

上記の論文の場合、以下の5つのソースから bib データを入手できます。

  • 雑誌の出版社(Elsevier)のページ
  • Google Scholar
  • IDEAS
  • Cinii
  • Mendeley

実際、入手できるデータの内容を以下に掲載します。

■ 出版社(Elsevier)の論文のページ

まず、出版社(Elsevier)の論文のページ(↓のページ)から取得できる bib データからダウンロードできる情報

@article{TAKEDA2007336,
  title        = "The double dividend from carbon regulations in Japan",
  journal      = "Journal of the Japanese and International Economies",
  volume       = "21",
  number       = "3",
  pages        = "336 - 364",
  year         = "2007",
  issn         = "0889-1583",
  doi          = "https://doi.org/10.1016/j.jjie.2006.01.002",
  url          =
                  "http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0889158306000128",
  author       = "Shiro Takeda",
  keywords     = "The double dividend, Carbon regulation, CGE analysis, Japan",
  abstract     = "Using a multisector dynamic CGE model, this paper examines the
                  double dividend from carbon regulations in Japan. The model
                  has 27 sectors and goods (eight goods generate carbon
                  emissions) and covers 100 years (from 1995 to 2095). When
                  carbon regulations are introduced, pre-existing taxes are
                  reduced, keeping government's revenue constant. Our main
                  findings are summarized as follows. First, the weak double
                  dividend arises in all scenarios. This means that by using
                  revenues from carbon tax to finance reductions in pre-existing
                  distortionary taxes, one can achieve cost savings relative to
                  the case where the tax revenues are returned to households in
                  lump-sum fashion. Second, the strong double dividend does not
                  arise from reductions in labor and consumption taxes, but it
                  does from reductions in capital tax. The second result is
                  attributable to the nature of the pre-existing tax system in
                  Japan where capital taxes are more distortionary than labor
                  and consumption taxes. J. Japanese Int. Economies21 (3) (2007)
                  336–364."
}

■ Google Scholar

次は、Google Scholarから取得できる bib データ → これ

@article{takeda2007double,
  title        = {The double dividend from carbon regulations in Japan},
  author       = {Takeda, Shiro},
  journal      = {Journal of the Japanese and International Economies},
  volume       = {21},
  number       = {3},
  pages        = {336--364},
  year         = {2007},
  publisher    = {Elsevier}
}

■ IDEASのデータ

IDEASから取得できる bib データ → このページから取得できるもの

@Article{RePEc:eee:jjieco:v:21:y:2007:i:3:p:336-364,
  author       = {Takeda, Shiro},
  title        = {{The double dividend from carbon regulations in Japan}},
  journal      = {Journal of the Japanese and International Economies},
  year         = 2007,
  volume       = {21},
  number       = {3},
  pages        = {336-364},
  month        = {September},
  keywords     = {},
  doi          = {},
  abstract     = {No abstract is available for this item.},
  url          = {https://ideas.repec.org/a/eee/jjieco/v21y2007i3p336-364.html}
}

■ cinnのデータ

ciniiから取得できる bib データ → このページから取得できるもの。

@article{10029652176,
  author       = "TAKEDA, S.",
  title        = "The Double Dividend from Carbon Regulations in Japan",
  journal      = "Journal of the Japanese and International Economies",
  ISSN         = "",
  publisher    = "",
  year         = "2007",
  month        = "",
  volume       = "21",
  number       = "3",
  pages        = "336-364",
  URL          = "https://ci.nii.ac.jp/naid/10029652176/",
  DOI          = "",
}

■ Mendeley

Mendeleyで文献を管理していて、それをbibデータとして出力して得られるもの。

@article{Takeda-2007-DoubleDividendfrom,
  abstract     = {Using a multisector dynamic CGE model, this paper examines the
                  double dividend from carbon regulations in Japan. The model
                  has 27 sectors and goods (eight goods generate carbon
                  emissions) and covers 100 years (from 1995 to 2095). When
                  carbon regulations are introduced, pre-existing taxes are
                  reduced, keeping government's revenue constant. Our main
                  findings are summarized as follows. First, the weak double
                  dividend arises in all scenarios. This means that by using
                  revenues from carbon tax to finance reductions in pre-existing
                  distortionary taxes, one can achieve cost savings relative to
                  the case where the tax revenues are returned to households in
                  lump-sum fashion. Second, the strong double dividend does not
                  arise from reductions in labor and consumption taxes, but it
                  does from reductions in capital tax. The second result is
                  attributable to the nature of the pre-existing tax system in
                  Japan where capital taxes are more distortionary than labor
                  and consumption taxes.},
  author       = {Takeda, Shiro},
  doi          = {10.1016/j.jjie.2006.01.002},
  issn         = {08891583},
  journal      = {Journal of the Japanese and International Economies},
  keywords     = {CGE,Double dividend,Japan,carbon tax,dynamic C},
  month        = {sep},
  number       = {3},
  pages        = {336--364},
  title        = {{The Double Dividend from Carbon Regulations in Japan}},
  url          = {http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0889158306000128},
  volume       = {21},
  year         = {2007}
}

5つのソースからのデータの違い

同じ文献であっても、ソースによってデータが異なることがわかると思います。どこが異なるか簡単にまとめます。

[注]

以下では、主に「論文で引用した際に参考文献(reference)に掲載するための情報」という観点で考えます。純粋に文献の情報のデータとして考える場合にはまた事情が異なると思います。

項目の違い
  • そもそもソースによって、提供されている項目とされていない項目に違いがあります。
  • 例えば、abstract, doi, url, keywords, publisher 等のフィールドはソースによって提供されて いたりいなかったりします。
引用のためのキーワード
  • ソースが異なると引用のためのキーワードが全く違います。
  • BibTeXで引用するときには、このキーワードを用いて引用しますから、ソースが異なるとTeXのファイルの方も変更が必要になります。
author
  • ciniiでは著者の姓が全て大文字になっています。
  • 名前の姓の部分を大文字で表現することはよくありますが、論文で引用するとき、参考文献に掲載するときにはそういうものはあまり見ないので、全て大文字ではなく、普通の形式がいいと思いますが。
  • ただ、欧米人以外では大文字で示さないと、どちらが姓かわからなくなることがあるのかもしれません。
title
  • 「{」、「}」で囲んである場合とない場合があります。
  • 括弧で囲んである場合、BibTeX の処理の際に全く変更(文字列の大文字化、小文字化等)がおこなわれなくなります。
  • IDEAS & Mendeley → 囲みあり
  • その他 → 囲みなし
DOI
  • 最近は DOI 情報を含んでいるものが多いですし、実際、reference での情報において最も重要な情報ではないかと思います。ですので、DOIが提供されていないと困ります。
  • Elsevier -> https://doi.org/10.1016/j.jjie.2006.01.002
  • Mendeley -> 10.1016/j.jjie.2006.01.002
  • その他 → 提供なし
  • Elsevier と Mendeley では提供されていますが、その形式が異なります。Elsevier では https://doi.org/ の部分も含まれます。この二つ以外は DOI 情報の提供はなしです。
ページ番号
  • これはどのソースでも提供されていますが、形式が異なります。
  • Elsevier → "336 – 364",
  • IDEAS と cinii → "336-364",
  • Google と Mendeley → "336–364"
  • 形式が異なると、BibTeX で処理する際に統一的な処理が難しくなってしまいます。
ISSN
  • ISSN(International Standard Serial Number、国際標準逐次刊行物番号)は雑誌を識別するための番号だそうです。reference に情報として掲載されているのは見たことがありません。ジャーナル名の情報があればそれですみますので、特に必要ないのですが、もしかしたら必要なときがあるのかもしれません。
  • Elsevier → "0889-1583"
  • Mendeley → "08891583"
  • 他 → 提供なし
URL
  • Elsevier → http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0889158306000128
  • IDEAS → https://ideas.repec.org/a/eee/jjieco/v21y2007i3p336-364.html
  • cinii → https://ci.nii.ac.jp/naid/10029652176/
  • Mendeley → http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0889158306000128
  • Google → なし
  • Google 以外は提供しています。しかし、ソースによって情報が異なります。そもそも出版されている論文については URL よりは DOI を提供した方が望ましく、むしろ URL は変更される可能性が高いということで情報を載せない方がいいのではないかと思います。
  • DOI が存在する文献については、意味のない(むしろ有害な?)情報だと思います。
その他
  • abstract, keyword, publisher 等のフィールドについても出所によって提供されて いたりいなかったりします。

どの情報をreference に表示するかは、雑誌によって微妙に異なりますが、ある程度は共通した方針があると思います。微妙な違いとは、例えば、雑誌によっては journal article の巻(volume)は掲載するが、号(number or issue)は掲載しないとしているような違いです。この程度の違いでしたらどっちでもいいかと思います。

journal article については最近 DOI 情報を含んでいる文献データが多いと思います。DOI は論文の掲載場所を一意に表す役割をはたしているので、最も重要な情報ではないかと思います。仮に他の情報が掲載されていないくても、DOI さえわかれば他の情報は全て DOI から探せますので。上に挙げたソースでは DOI を提供しているものとしていないものがありますが、もし文献情報を提供するのなら(journal articleについては)必ず DOI は提供してもらいたいと思います。

BibTeX における処理という観点からは、ソースによって提供されている情報が変わることはあまり問題にはなりません。というのは、情報が提供されていれば表示し、されていない場合には表示しなければいいだけですから。

BibTeX の処理で問題になるのは、ソースにより提供されている情報の形式が異なる点です。例えば、DOI は Elsevier が提供する形式と Mendeley が提供する形式で異なります。Mendeley形式のDOIの情報をElsevier形式を前提としてBibTeXで処理すると間違った DOI の表記になってしまいます。BibTeXでの処理方法(つまり、bstファイルの作成)を考えるときには、文献の情報がある決まった形の形式で提供されていることを前提としますので、複数の形式があるのは困ります。

ページ番号の情報も、ソースによって形式が異なっているので、同じことが言えます。

また、できれば BibTeX の引用用のキーワードは統一されていると便利ですが、データベースを作成しているところがばらばらに独自の方法でつけているので、統一は難しいですね。

文献のデータベースがネットで提供されるようになり、便利にはなりましたが、改善してくれるといい点がまだまだありますね。